ぷーやんのブログ 旅行や趣味、自分で思ったりしたこと等のひとりごと。


by puyan27

ムンク展

e0034068_023815.jpg 今年初で観た美術展は上野の国立西洋美術館で開催されている「ムンク展」です。6日までなのでぎりぎりセーフで間に合いました。そのためなのか人混みはかなりのものでしたが・・・。
 ムンクというと「叫び」があまりにも有名なので一度は聞いたことのある画家でしょう。私はまだこの方の作品はひとつも観たことがなく、「叫び」以外の作品もどのような作品があるのか知らないため、今回は見逃せない機会だったと思います。「叫び」は今回は来日してはおりませんが、「生命のフリーズ」シリーズを数多く観ることができるので十分「叫び」と同等のものが感じとれます。ムンクの作品って素人にはなかなか理解が難しいだろうなあって最初からなんとなくわかっていたのでためらわず音声ガイドは借りてしまいました。思ったとおりこの解説はかなり役に立ったと思います。
 「生命のフリーズ」シリーズのように絶望や不安が爆発して表現されているものは気持ち的に負に働く部分がありますよね。ムンクの場合、色彩なんかかららして伝わってくるものが強烈ですよね~。なので逆に次の章なんかで展示されていた装飾や壁画の作品を観ると色彩が一変して心がなんとなくなごんできます。アクセル・ハイベルク邸、マックス・リンデ邸、ベルリン小劇場、フレイア・チョコレート工場の装飾、オスロ大学講堂、オスロ市庁舎の壁画といったものが習作も含めて展示されておりましたが、個人的にはオスロ大学講堂の「太陽」の本物を観てみたいなと思いました。ちなみにこの場所、1989年まではノーベル平和賞の授与式が行われていたのだそうです。ノルウェーに行く機会があったらぜひとも訪れてみたいところですね。
 余談ですが、国立西洋美術館は日本では唯一のル・コルビュジェ設計による建築ですが昨年の12月21日に国の重要文化財に指定されたそうです。そのような建築に気軽に足を運べるのもうれしい限りですね。
 
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# by puyan27 | 2008-01-04 19:21 | 美術館・美術展
e0034068_2313177.jpg 久しぶりの投稿です。両国の江戸東京博物館で開催されている「特別展 北斎-ヨーロッパを魅了した江戸の絵師-」を観に行ってきました。冨嶽三十六景の神奈川沖浪裏とか凱風快晴の赤富士なんかはあまりに有名ですので何の変哲もないのですが今回の美術展はオランダ国立民族学博物館とフランス国立図書館所蔵の作品が展示されるというので興味が惹かれました。特にオランダとの関係が面白く、シーボルトやオランダ商が本国に持ち帰ったものがあり、それらの作品が今日まで保管されているというのは誠にうれしいですね。
 これらの作品群についての感想ですが、保存状態もかなりよくて全然褪せていないのですで素晴らしいです。しかしながらいままで観たことのある作品と比べるとなんか色数が多いような・・・。ちょっと派手に感じました。外国向けに描いたからってわけではないんですかね~。作者を見ると北斎工房と書かれており、推定で書かれていたりもします。要するに北斎が描いたと特定はできるものとできないものや、北斎の弟子と共同で描かれたりしたもののようです。
 作品の展示の仕方はとてもよくて他の作品で類似しているものや参考写真を並列して展示しているので比較して観ることができるのはとてもよかったですね。
 他にも冨嶽三十六景、諸国瀧廻りといった有名なシリーズや肉筆画なんかも数多く展示されており、これはこれでよいですが個人的には上記のオランダ、フランスから来日した作品が一番興味深かったです。
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# by puyan27 | 2007-12-09 23:13 | 美術館・美術展
e0034068_23303197.jpg フェルメールの作品を観るのは初めてでした。なにせ彼の作品は世界で三十数点しかなく、日本には一点もありません。今回のような機会はアメリカやヨーロッパに行く手間を考えれば素晴らしいことですね。普通このような作品は貸し出したがらないでしょうから。
 今回来日した「牛乳を注ぐ女」ですが展示の仕方も他の作品とは分けて一点のみで広いスペースが設けられていました。たいがいこういった有名作品の場合、人が殺到するのは目に見えてますので当然かも知れません。私が行った日も朝一のわりには人多かったです(T_T)。作品も実物を観るとかなり小さいのにもかかわらず絵との距離はそれなりにあるし、しかも人が多いとなるとやっぱりゆったりと鑑賞できないです。東京国立博物館の特別展「レオナルド・ダ・ヴィンチ -天才の実像」 で受胎告知を観に行ったときを思い出してしまいました。ダヴィンチの時よりは断然観やすかったですが。
 何気にかなり気合い入れてねばって観てきましたが構図とかパンの質感、わざと歪んで描いているといわれる机、ラピスラズリを使っているという青色や、光の表現の仕方など印象的なものばかりでした(^O^)。やっぱり名画って素晴らしいですね。
 話は変わりますが「フェルメール全点踏破の旅 (集英社新書ヴィジュアル版) 」という本が出版されているのでこの美術展を気に読んでみましたがなかなか面白かったです。同じ画家の作品を比較すると特徴なんかがわかってとても面白いものなのだなということがわかりました。フェルメール作品がカラーで全点わかるのでぜひともお薦めの本です。
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# by puyan27 | 2007-10-08 21:27 | 美術館・美術展

ブルーノート東京

e0034068_23254939.jpg 最近、JAZZに興味を持ち、本を読んだり、CDを買ってみてきいてみたりしておりますが、なんといっても実際に演奏を聴きに行くのが一番です。
 JAZZといえば青山のブルーノート東京があります。ここは前から知ってはいたものの敷居が高そうだなんて思っていましたが、行かなくてははじまらんと思い、アクションを起こしました(^○^)。 JAZZの知識は乏しく、ミュージシャンも全然知らないのでまずは誰のライブを観に行くのかを検討。KENNY GやCANDY DULFERはコンサートや東京JAZZにて聴いたことがあり、SAXの素晴らしさは知っていたのでSAXの演奏を聴くことに決めました。itunes storeで試聴したりして、模索しておりましたが、ついに決定。そのミュージシャンはDAVE KOZ。初めて知ったお名前ですが調べてみるとかなりの実力者のようです。それに加えてwith special guest KELLY SWEETとなっています。この方もはじめてでしたが試聴すると美しい女性のボーカル。即座に電話予約したのでしたo(^-^)o ワクワク。
 予約したのは自由席でした。セカンドステージでしたので20時から受け付け開始。早いもの順で席案内がされるシステムのようです。受付に行くと案内のカードを配布され、20時50分くらいに席まで案内するとのことでしたのでそれまで外で一杯飲んでました。
 結構早くの順番がとれましたので席はアリーナ自由席、ほぼ中央前列のなかなかの場所を確保できました。コンサート会場みたいな広い空間とは違い、本当にミュージシャンが手に届くような位置で聞けるんですよね~。こんなの初めてでした。
 開演してからのDAVE KOZの極上なパフォーマンス。この方、お客さんを楽しませるテクが素晴らしいですね。そして、美しいSAXの演奏から打って変わってKELLY SWEETの素晴らしいVOCAL。これもまたよかった・・・。それだけじゃなく、ドラム、ギター、ベース、キーボードにもちゃんと注目です。それぞれのよさを発揮し、皆一体となってました。やっぱり一流ミュージシャンって素晴らしいなあ。
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# by puyan27 | 2007-10-05 23:24 | ライブ・コンサート

後楽園

日本三名園のうち金沢の「兼六園」、水戸の「偕楽園」は既に行っておりましたが、岡山の「後楽園」だけはまだ行ったことがありませんでした。今回それがやっと実現しました\(^O^)/。

 岡山後楽園は、岡山藩主池田綱政公が家臣の津田永忠に命じて、貞享4年(1687)に着工、元禄13年(1700)には一応の完成を見ました。その後も、藩主の好みで手が加えられましたが、江戸時代の姿を大きく変えることなく現在に伝えられてきました。
 また、江戸時代の絵図や池田家の記録、文物が数多く残され、歴史的な変遷を知ることのできる、地方では稀な大名庭園となっています。
 後楽園は、かつて藩主の静養の場、賓客の場として使われましたが、日を定めて藩内の人々にも観覧が許されていました。明治17年(1884)に岡山県に譲渡され、一般公開されていました。昭和9年(1934)の水害、昭和20年の戦災では大きな被害を被りましたが、江戸時代の絵図に基づいて復旧を行いました。昭和27年には文化財保護法による「特別名勝」に指定され、後世に伝える歴史的文化遺産として維持管理にあたっています。
~パンフレットより引用~


e0034068_1155695.jpg水源

ここから園内に流れ出た一筋の水路は曲水となり、池や滝となって優れた景観を作り、旭川に戻っていきます。昔は旭川の約4キロ上流から対岸までひいた後楽園用水を利用していましたが、今は伏流水を汲み上げています。

e0034068_116944.jpg観騎亭

藩主が家臣の乗馬の技を見るための建物で、馬上側にも窓が開いています。戦災を免れ、往時の姿を今に伝えています。馬上の長さは約180メートルで、年若い藩主たちはここで乗馬の稽古に励みました。

e0034068_1162111.jpg寒翠細響軒

文化12年に当時の藩学校教授万波醒廬が背後の松林の緑と前面に広がる沢の池の清らかな水の趣にちなんで名付けました。ここからは城と庭園が一体となった雄大な景色を眺めることができます。

e0034068_1163374.jpg寒翠細響軒付近からの眺め



e0034068_1164565.jpg五三次腰掛茶屋

幕末から明治時代初期にできた建物で、東海道五三次を描いた扁額が掲げられていたことから、この名が付いたといわれています。池に面した連子窓を通して見る城や唯心山の景色には格別の趣があります。

e0034068_1165596.jpg次眼堂

池田綱政が元禄十年に池田家と領民の繁栄を願って建立し、観音像を祀りました。今は空堂となっています。境内には、花崗岩を三十六個に割って組み上げた烏帽子岩、門と仁王像、板張の腰掛などが残っています。

e0034068_117689.jpg沢の池

園内中央にある池で、左から島茶屋のある中の島、釣殿のある御野島、白砂青松が美しい砂利島があります。中の島と御野島の間には、かつての上道郡と御野郡の郡境があり、今でも石標がそのなごりを伝えています。

e0034068_1171623.jpg茶畑

築庭当時からこの位置にあり、背景のゆるやかな曲線を描く土手山と調和しています。江戸時代には、ここで作った葉茶は、藩主が普段に飲むお茶として使われました。毎年五月の第三日曜日には茶摘み祭を行っています。

e0034068_1172878.jpg新殿

幕末頃にできた建物で、もとは新御殿と呼ばれていましたが、明治時代から新殿と呼ばれるようになりました。銅板葺で、高床となった十畳の座敷からは、園内南西の景色を広々と眺めることができます。

e0034068_1173814.jpg花交の池



e0034068_1175464.jpg流店

中央に水路を通し、色彩に富んだ奇石六個を配した全国的にも珍しい建物です。藩主の庭廻りや賓客の接待などで、休憩所として使われました。戦災を免れた建物の一つで、簡素なたたずまいを今に伝えています。

e0034068_118583.jpg流店の内部

説明にもあったとおり、こんな建物見たことないです。夏なんかは涼しげでよいですね。

e0034068_118185.jpg唯心山

唯心山は池田綱政の子、継政の時に築かれ、平面的だった庭園が立体的な景観へと変化しました。山腹には唯心堂があり、斜面には石組に合わせて、ツツジやサツキが植えられ、季節には紅白の花で彩られます。

e0034068_1182873.jpg唯心山からの眺め



e0034068_1183919.jpg井田

昔は園内に広く田畑が作られていましたが、今は井田だけがその名残を伝えています。井田とは中国周時代の田租法で、本園では幕末に田畑の一部を井田の形に作りました。毎年七月の第一日曜日には、お田植え祭を行っています。

e0034068_1184860.jpg花菖蒲畑・八橋

六月上旬には白や紫などの見事な花を咲かせ、梅雨の季節に趣があります。曲水に板を渡した八橋のそばには杜若があります。伊勢物語の「東下り」の段にちなんだ、風雅な情景となっています。

e0034068_1185942.jpg蘇鉄畑

蘇鉄は桃山時代から異国情緒豊かな庭園樹として珍重されました。本園では築庭当時から取り入れ、明治時代中期になって新たに本数を増やし、今ではかつての約二倍の広さになっています。

e0034068_1191464.jpg廉池軒

戦災を免れた数少ない建物の一つで、池に架かる石橋や対岸の小島なども、往時の姿を今に伝えています。この建物からは沢の段差など、起伏に富んだ景観を眺めることができます。

e0034068_1192539.jpg御舟入跡

藩主が城から船で渡ってきたときの船着場の跡で藩主が入る御成御門がありました。大正時代に外苑散歩道をつけたときに入口の大部分を閉じ、今は水が入ることはありません。竹林に囲まれた中に、その名残を伝えています。

e0034068_1194162.jpg茂松庵

築庭当時、このあたりは山桜や楓、松で彩られた林で、建物は花葉軒と呼ばれていました。歴代藩主は、ここで茶の湯を楽しみました。明治時代になって茂松庵と名が変わり、戦災で焼失後、園内で最初に復元されました。

e0034068_1195670.jpg大立石

巨大な花崗岩を九十数個に割り、ものと形に組み上げたもので、築庭にあたり池田綱政が運ばせました。大名庭園ならではの豪快さと石の加工技術の高さがうかがえます。本園には石の割り方がわかる木型も残っています。

e0034068_12088.jpg能舞台・栄唱の間

能舞台の周囲の座敷は、能の見所や接待の場として使われました。築庭した池田綱政は、家臣や領民にも能を見せました。次の藩主継政の時に改築され、戦災で焼失後、その間取りが復元されました。

e0034068_1202099.jpg花葉の池

この池には、大輪の白い花を咲かせる蓮の「一天四海」(通称・大名蓮)が夏に見頃となります。池には、園内の曲水と沢の池から滝の石組の中に巧みに導かれた水が美しく流れ落ちてきます。

e0034068_1203138.jpg延養亭

藩主の居間で、園内で最も重要な建物でしたが、戦災で焼失し、昭和三十五年に当時第一級の木材と技術で築庭当時の間取りに復元されました。園内外の景勝が一望できるように作られており、歴代藩主もここから眺めました。現在もこの景観の保全に努めています。

e0034068_1204695.jpg延養亭からの眺め



なお、各写真の説明は現地にて書かれている説明を引用させていただきましたm(__)m。
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# by puyan27 | 2007-09-20 21:07 | 建築・庭園