殿ヶ谷戸庭園
2006年 11月 18日
先週は天気に恵まれなくて、箱根に紅葉を観に行くことができませんでしたが、今日はなかなか良い天気。国分寺市の殿ヶ谷戸庭園は東京都公園協会管轄系なのにまだ行ったことがありませんでしたので、美しい紅葉を期待して早速向かいました。
次郎弁天の池と紅葉亭
右上に紅葉亭がもみじの木々の間から見えているのですが写真がいまいちですね(T_T)。
次郎弁天の池の様子(その1)
次郎弁天の池の様子(その2)
この池も鯉がたくさん泳いでいてなかなか素敵です。なかなか人になついているようです。普段、人が餌をあげているんでしょうね。
次郎弁天の池の様子(その3)
まだ、紅葉は早いようです。この写真のように色づきはじめのものもありますがほとんどのモミジはまだ緑色でした。都内はまだ時期的に早いんですかね。残念。
紅葉亭
ここから次郎弁天の池近辺を一望できます。かなり高低差があるので不思議な感じです。夏なんかも涼しくてよさそうですね。
次郎弁天の池の様子(その4)
紅葉亭から一望した様子です。見てのとおりモミジがかなり多いんですよ。これがすべて紅くなるときは美しいんだろうなあ。建物の名前も紅葉亭っていうくらいですからね。
湧水源
ここから湧き出る水で池ができているようです。東京の名湧水57選のひとつでもあるようです。
鹿おどし
鹿おどしの始まりは京都の名勝一乗寺の詩仙堂に由来する旨の説明が書かれてましたが知りませんでした。詩仙堂に行った時にこんな話ってあったっけ?と振り返ってしまいましたが思い出せない・・・。
庭園の様子
次郎弁天の池以外の場所はこんな感じです。芝生ってことはこの庭園も和洋折衷なんですね。洋館はさすがにありませんが。。。
この庭園は、大正2年から4年(1913~15)にかけて、南満州鉄道会社副総裁・貴族院議員を歴任した江口定條の別邸として設けられ、赤坂の庭師「仙石」の手によって武蔵野の地形を巧みに活かして造られたものです。昭和4年(1929)、三菱財閥の岩崎家が買収し、津田鑿の設計により本館、茶室(紅葉亭)などが建てられ、自然風景的な廻遊式林泉庭園として整備されました。
この庭園は、国分寺崖線の南の縁にあって典型的な段丘崖を含んだ地形に造られています。次郎弁天の池には「ハケ」と呼ばれる水量豊かな湧水があり、段丘崖の南を流れる野川の水源のひとつとなっています。この段丘崖の南傾斜は日当たりも良く、この湧水に恵まれ、肥沃な大地が地表を厚く覆っているため、カタクリ、シュンランなどの野草とともに、野鳥や昆虫などの小さな生き物たちが数多く生育し、古くからの豊かな武蔵野の自然の姿が見られます。
大正から昭和初期にかけて多摩地域に開発された別荘地に付随して造られた庭園で、現在わずかに残されている文化財庭園として東京都の名勝に指定されました。
~配布パンフより引用~
次郎弁天の池と紅葉亭
右上に紅葉亭がもみじの木々の間から見えているのですが写真がいまいちですね(T_T)。
次郎弁天の池の様子(その1)
次郎弁天の池の様子(その2)
この池も鯉がたくさん泳いでいてなかなか素敵です。なかなか人になついているようです。普段、人が餌をあげているんでしょうね。
次郎弁天の池の様子(その3)
まだ、紅葉は早いようです。この写真のように色づきはじめのものもありますがほとんどのモミジはまだ緑色でした。都内はまだ時期的に早いんですかね。残念。
紅葉亭
ここから次郎弁天の池近辺を一望できます。かなり高低差があるので不思議な感じです。夏なんかも涼しくてよさそうですね。
次郎弁天の池の様子(その4)
紅葉亭から一望した様子です。見てのとおりモミジがかなり多いんですよ。これがすべて紅くなるときは美しいんだろうなあ。建物の名前も紅葉亭っていうくらいですからね。
湧水源
ここから湧き出る水で池ができているようです。東京の名湧水57選のひとつでもあるようです。
鹿おどし
鹿おどしの始まりは京都の名勝一乗寺の詩仙堂に由来する旨の説明が書かれてましたが知りませんでした。詩仙堂に行った時にこんな話ってあったっけ?と振り返ってしまいましたが思い出せない・・・。
庭園の様子
次郎弁天の池以外の場所はこんな感じです。芝生ってことはこの庭園も和洋折衷なんですね。洋館はさすがにありませんが。。。
by puyan27
| 2006-11-18 22:50
| 建築・庭園