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by puyan27

彦根城

 国宝の城めぐり第3弾は滋賀県彦根市の彦根城です。まさかこの地方はこの時期は雪が降るなんて全く知らずに向かってしまい、かなり寒さにやられました(T.T)。とはいえ素晴らしいお城でしたのでご紹介致します。
この彦根城は、慶長5年(1600)井伊直政が、関ヶ原の戦いに德川四天王の一人として戦功をあげ、この戦いに敗れた石田三成の居城佐和山城を与えられ、慶長6年(1601)上野の国高崎城から佐和山城に移ってきました。
 その後直政は城を彦根山に移そうと考えましたが実現せず病死し、慶長8年(1603)その子直継が父直政の遺志をうけて彦根城の築城に着手し、元和8年(1622)に完成しました。
~彦根城説明文を引用~

e0034068_19462285.jpg埋木舎

彦根藩第13代藩主、井伊直弼公が文化3年(1846)、第12代藩主である兄直亮の嗣子になるまでの青年時代(10代~32才)を過ごした場所です。ちょうどこの日は年末年始のためお休みでした(T.T)。ちなみに最近では「武士の一分」の撮影で使われたようです。

e0034068_19463241.jpg二の丸佐和口多聞櫓(重要文化財)
元和8年(1622)井伊直孝の第2期築城工事の際に完成したものといわれています。左側の建造物は、明和4年(1767)火災に遭い、明和6~8年に再建されました。右側の建造物は、明治初期陸軍省により取り壊されましたが、開国の大偉業を成し遂げた直弼が桜田門外に倒れた時(1860)から数えて100年目(昭和35年)の時大老開国百年祭記念事業としてその跡地(石垣は、築城当時のもの)に再建されたものです。

e0034068_1946426.jpg馬屋(重要文化財)

藩主の馬部屋で常時十数頭が何時でもご用に役立つよう大切に保護されていた建物で、現在残されているのは彦根城のみで他に類例のない珍しいものです。L字形をなしており、全長62.2m、奥行5.9mあります。

e0034068_19465772.jpg表門橋

ここより表坂(入口受付)に通じております。現在のものは、明治初期の写真や当時の文献を参考に、3年の歳月をかけ平成16年2月に復元したものだそうです。

e0034068_19471852.jpg彦根城博物館

もともとは彦根藩主の藩庁があったところで、ここで藩の政治が行われ、また藩主が日常生活を送りました。この建物は彦根城郭の主要な建物の一つであった表御殿を復元したものです。ここもこの日は年末年始のためお休みでした(T.T)。彦根城に来たら観るのは必須の場所でしょうね。井伊家の真紅の甲冑などの武具をぜひとも観てみたかったですがこれもまたの機会に。

e0034068_19472965.jpg天秤櫓(重要文化財)その1

この櫓は羽柴秀吉が創築した長浜城大手門を移築したものと言われております。ちょうど天秤のような形をしていることからこのような名前がついたようです。この形式は我が国城郭のうち彦根城ただ一つといわれております。

e0034068_19474389.jpg天秤櫓(重要文化財)その2

嘉永7年(1854)に中央部から西方の石垣を足元から積み替えるほどの大修理があり、東半分の石垣がごぼう積みであるのに比べ、西半分は落とし積みになっているとのことですが、素人な私にはいまいちわかりにくかったです。

e0034068_19475424.jpg聴鐘庵

大老井伊直弼は禅の精神と相通ずる茶道に惹かれ、自らも「宗観」と号し、修行を続けました。大老の著「茶の湯一会集」に書かれている「一期一会」の茶道精神は有名です。この建物はこの精神をしのび、時報鐘の管理棟を改造したもので薄茶の接待をしております。

e0034068_1948366.jpg時報鐘

この鐘は12代藩主井伊直亮の弘化元年(1844)に鋳造したもので、当初鐘の丸にあった鐘の音が城下の北の隅に届かなかったことため現在の位置に移しました。現在は午前6時、9時、正午、3時、6時よ1日5回ついております。またこの鐘の音が「日本の音風景百選」に選ばれているところも興味深いところです。

e0034068_1948123.jpg太鼓門櫓(重要文化財)

本丸の表口を固める櫓門で、築城後、ここに太鼓を置いて城中に合図したところから、この名がつきました。内部では彦根城の模型及び、全国各地の城の写真が展示されております。この模型と現在の様子を比較してみると井伊直弼大老の頃の様子と違いがわかり面白いですね。

e0034068_1948215.jpg着見台(月見櫓跡)

ここには9.8m(5間)に10.6m(6間)の2重櫓がありました。佐和に出る月を見て観月雅会が催されました。また城門佐和及び京橋口の監視に当たり、城門へ到着する早出、早馬、行列の先触などをいち早く発見して役人に連絡しました。明治初年に櫓は取り壊されました。月見櫓といえば前回に行った松本城が記憶に新しいですね。現存していないのが残念です。

e0034068_19482922.jpg着見台の眺め

e0034068_19483871.jpg天守(国宝)外観

京極高次が築いた大津城の天守を移築したものと言われ、慶長11年(1606)に完成しました。石垣は「ごぼう積み」といって外見粗雑に見えますが頑丈な積み方で彦根城特有のものです。3層3階なので規模が大きいわけではないですが火灯窓が特徴があるなあと思いました。

e0034068_19484623.jpg1階 武者溜

順路的には一番最後の箇所になります。ごらんのとおり階段ものすごく急です。お年寄りや子供には堪えますね。

e0034068_1948532.jpg1階 中央

e0034068_1949182.jpg2階 天井

決してまっすぐではない木なのですがうまく梁として組まれていますね。

e0034068_1949911.jpg2階

e0034068_19491898.jpg2階 中央

e0034068_19492917.jpg3階 中央

e0034068_19494036.jpg3階 天井

こちらの梁も必見です。最上部ですが2階よりも本数が多いようです。

e0034068_19495042.jpg3階の眺め

琵琶湖が一望できます。こうして観るとこの湖はまるで海のようです。

e0034068_1950352.jpg西の丸3重櫓(重要文化財)

本櫓は西の丸にあり、浅井長政の小谷城の天守を移築したものといわれ、万治年間(1658~61年)に建てられたものです。西の丸のほうは季節及び順路的なものだと思いますが、訪れる人は少ないようです。

e0034068_19501412.jpg黒門

ここを抜けて「楽々園」「玄宮園」に向かいます。
ちょうど訪れた時期、光の祝祭 彦根城ライトアップ「ひこね夢灯路」というイベントでお城近辺はライトアップされておりました。ただ、天守までは近づくことはできないようでしたが。。。
 彦根城では2007年3月21日より「国宝・彦根城築城400年祭」が開催されるようです。このイベントの目的・趣旨って共感できますね。ぜひともこの日本文化を次世代に継承していって欲しいものです。
 国宝4城めぐり、残るは姫路城のみとなりました。このお城は世界遺産ですし、我が国で現存する最も素晴らしいものであることはわかっているので重要文化財の8城「弘前城」「丸岡城」「備中松山城」「松江城」「丸亀城」「松山城」「宇和島城」「高知城」を先に観てからのほうがよさそうな気もしてきました。
 各写真の説明は彦根城に設置されていた説明文及び配布パンフレットを引用及び参照させていただきましたm(__)m。
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by puyan27 | 2006-12-30 20:03 |