ぷーやんのブログ 旅行や趣味、自分で思ったりしたこと等のひとりごと。


by puyan27

栗林公園

9月に入り、連休がとれたので讃岐うどん食いだおれに香川県高松市へ行って来ました。ここへ来たら絶対に欠かせない観光名所が栗林公園です。映画「春の雪」でも使われていました。もっぱら庭園好きな私には絶対にはずせない場所ではあったのですが。

本園の起こりは、元亀、天正の頃から当地の豪族であった佐藤氏によって、西南地区(小普陀付近)に築庭されたのに始まるといわれ、その後、寛永年間(1625年頃)讃岐領主生駒高俊公によって、南湖一帯が造園され、寛永19年(1642年)入封した松平頼重公(水戸光圀公の兄君)に引き継がれた。以来5代松平頼恭公に至る100年余の間、歴代の藩主が修築を重ねて延享2年(1745年)に完成されたもので、明治維新に至るまで松平家11代228年間にわたり、下屋敷として使用された。明治4年(1871年)高松藩が廃され、新政府の所用となったが、明治8年(1875年)3月16日、県立公園として一般公開され、現代に至っている。
~パンフレットより引用~


e0034068_17595462.jpgお手植松

前に並んでいる手入れをしている背丈の高い5本の松は、次の方々がご来園賜ったときに記念してお手植えになられた松です。昭和天皇が大正3年皇太子殿下のときお手植えになった黒松がありましたが落雷のため平成17年2月枯死したそうな。

e0034068_180891.jpg鶴亀松(別名 百石松)

110個の石を組み合わせ亀を形どった岩組の背中に鶴が舞う姿をした黒松を配したものであり、園内でも最も美しい姿をした松である。

e0034068_1802512.jpg屏風松と箱松

北側の背丈の高い松並を屏風松という。絡み合うように屈折して伸びたその見事な枝振りはまさに圧巻。南側に並ぶ箱松は、その名の通り箱のかたちを装った松。長い年月の手入れのたまもので、樹芸の粋を極めたこの箱松は、他に見られない本園ならではの景観をつくっている。

e0034068_1803815.jpg梅林橋

別名「赤橋」と呼ばれ、緑一色の湖景に一点朱色が鮮やかに映え、付近庭景に対する見事な引締め役となっている。

e0034068_1805464.jpg掬月亭

この建物は、江戸初期の頃(1640年頃)に建てられた廻遊式大名庭園の中心的建物でありう、歴代藩主が大茶屋と呼び最も愛用した建物である。1745年に、松平5代藩主頼恭が、中国の詩人干良史の詩の一句「水を掬すれば月手にあり」からとって、掬月亭と命名したものである。

e0034068_181798.jpg涵翠池

掬月亭西の池、涵翠池は、翠(みどり)を涵(ひた)すという意で、石組みの素晴らしい中島の瑶島(ようとう)の木々だけでなく、背景となっている紫雲山の自然を含めた意図で命名したもの。

e0034068_1813120.jpg睡竜潭と慈航嶼

西湖の南端にあたるこの池泉を「睡竜潭」といい、その中島を「慈航嶼」という。この中島には2つの橋が架けられている。手前の橋を「津筏梁」といい、奥の橋を「到岸梁」という。津筏梁の両側にはカキツバタがあり、5月には可憐な花を咲かせる。

e0034068_1814726.jpg掬月亭 初莚観(その1)

天井が総和紙貼りになっており、光を取り入れられるようになっています。和紙を通すので柔らかい光が入ってきます。建築家の村野藤吾氏がここを参考に新高輪プリンスホテル「恵庵」、帝国ホテル「東光庵」にてアレンジして取り入れたといった内容の資料が展示されておりました。

e0034068_182054.jpg掬月亭 初莚観(その2)

黒漆塗り井桁菱格子に紋紗を貼って障子にしているようです。障子が開いていればこの格子ごごしに庭園を観られたのですが残念。ここにも建築家の村野藤吾氏がここを参考になだ万山茶花荘にてアレンジして取り入れたといった内容の資料が展示されておりました。

e0034068_1821313.jpg掬月亭 掬月



e0034068_1822654.jpg掬月亭 掬月からの眺め

ここからの庭園の眺めは格別です。襖に書かれた庭園風景のようです。素晴らしい(^○^)。

e0034068_1823772.jpg掬月亭 茶室



e0034068_1825057.jpg吹上げ

石の間から吹き上げるように噴き出る噴泉の吹上げは、本園の東南端に位置する当園の水源地であり、ここで曲水の宴がおこなわれたといわれている。

e0034068_183239.jpg飛来峰(古富士)からの眺め

明治43年文部省発行 高等小学読本の文章中「風致の美をもつて世に間ゆるは水戸の偕楽園、金沢の兼六園、岡山の後楽園にして之を日本の三公園と称す。然れども高松の栗林公園は木石の雅趣却って此の三公園に優れり。」と記され、ここから南湖を望む景観の写真が掲載された。この築山は、中国杭州武林山の名勝から得た命名である。

e0034068_1831566.jpg芙蓉峰からの眺め

梅林橋のあたりから見ると富士山の形をしているので富士の別名である「芙蓉」の名がついたとされている。芙蓉峰から望む北湖は、紫雲山を背景として、右に前嶼、左に後嶼、その求心点には紅の橋である梅林橋という美しさ。また、右には箱松、屏風松が重なるように見え、景観をさらに厚く演出している。


なお、各写真の説明は現地にて書かれている説明を引用させていただきましたm(__)m。
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by puyan27 | 2007-09-17 17:58 | 建築・庭園