ぷーやんのブログ 旅行や趣味、自分で思ったりしたこと等のひとりごと。


by puyan27

<   2007年 05月 ( 6 )   > この月の画像一覧

e0034068_23522952.jpg 言わずとしれた建築界の巨匠、ル・コルビュジェの展覧会が六本木の森美術館で開催されております。素人な私でも建築に興味を持っていろいろ見ていると絶対にどこかではお名前を見かけるのでよほどの影響を与えた人なのでしょう。今回の展覧会では建築関係の他にも彼が手がけた絵画や彫刻などもたくさん展示されておりましたが私的にはもっぱら建築関係に興味が集中しておりました。ただ、絵を描いたり、彫刻を作製したりすることと建築は同じく創造することですので近いものがあることは感じることはできたような気はしますね。
 私が最初に知った彼の作品はフランスのサヴォア邸でスロープがとても印象的でした。実は他の作品はあんまり知らなくて今回が知るよい機会だと考えてました\(^O^)/。コンクリートのうちっぱなしのような建築も彼の影響が強い(?)って思っていたのですがはたして正しかったかどうか・・・。国立西洋美術館は趣味のおかげで訪れる機会がよくありますので上野に行く度に見かけますがぱっと見はこの建築物がどのようにすごいのかなんて素人には誰もわからないでしょうね。詳しいことは私でも説明しかねますが「成長する美術館」であり、彼が設計した美術館の中でも最も完成度の高いものなのだそうです。本館の付属として「傘状の展示施設」「不思議の箱と名付けた劇場」などが設計されていたが実現はしなかったという話は実際に模型もあったのでわかりやすく、とても興味深かったです。
 今回は各々の作品に対して設計図と模型がほぼ展示してあります。模型っていうのは平面図や外観イメージを超えてはるかにわかりやすいなあっていうのも今回強く感じました。なぜいまさらそのように思ったのかはなぜかわかりませんが・・・。
 最も面白かったのはマルセイユのユニテ・ダビタシオン Eタイプ(わかりやすく言うとマンションの1室)の実物大の再現模型で、部屋の中に入って広さを体感することができます。やっぱり今のマンションの先駆けはこの方なんですかね~。実家がマンションだったりするのでどうしても間取りなんかを比較してしまいますね(^○^)。なかなか広くて快適に生活できる部屋だと個人的には思います。興味がある方はぜひ体感しに行ってみてください。
 余談ですが藤森建築の中で矩庵という茶室がありますが、この作品にとりこまれている庭のアーチはル・コルビュジェへのオマージュとのことでしたが、このアーチってソヴィエト・パレス(実現せず)で使われているアーチとそっくりなのでこのことを言っていたのかな。
[PR]
by puyan27 | 2007-05-26 23:48
e0034068_7245778.jpg ペルジーノ(ピエトロ・ヴァンヌッチ)は、最近レオナルド・ダ・ヴィンチ展が開催されていたり、「ダヴィンチの遺言」といった著書を読んだりしていたのでたまたま名を知りました。これがきっかけで本美術展に興味がわいたわけですo(^-^)o ワクワク。フィレンツェのヴェロッキオ工房でボッティチェッリやレオナルド・ダ・ヴィンチらと共に学んだということですがこのヴェロッキオ工房ってところはレベルの高い人たちが集って切磋琢磨していたんでしょう。また彼は日本ではボッティチェッリやレオナルド・ダ・ヴィンチと比べると知名度は低そうな気がします(私は知りませんでした)。ルネサンス期って本当に傑出した画家が多かったんですね。まだまだ私が知らない方々がたくさんいるはずで、奥深さを感じずにはいられません。
 彼はの作風はウンブリア派というものに属するようで、実際に作品を見てみると色彩は鮮やか、シンメトリーな構図といった特徴があるのは一目瞭然でした。今回展示されているものは所蔵先はほとんどがペルージャ、ウンブリア国立絵画館のものです。またほとんど板に描かれたものであり、テンペラという技法を使っています。「慰めの聖母」は聖母の優しそうな顔がとても印象的でした。しばし、絵の前で魅入っている人が多かったようです(^○^)。
 バチカンのシスティーナ礼拝堂の壁画にペルジーノが携わっているそうでこれは見応えがあるんでしょうね。ミケランジェロらとの競演が壮大に繰り広げられているのが目に浮かぶようです。ぜひ一度訪れてみたいものです。
[PR]
by puyan27 | 2007-05-13 18:23 | 美術館・美術展
e0034068_22562193.jpg 著書 探偵「東奔西走」「雨天決行」「神出鬼没」「奇想天外」及び「人類と建築の歴史」でお名前を知った藤森照信氏の展示会が東京オペラシティアートギャラリーで開催されております\(^O^)/。この方の建築に対する考え方は知りたかったのでこの展示会はラッキーでした。
 まず藤森氏が過去に見た建築で気に入ったものベスト8が紹介されておりました。この中のものと藤森氏の作品を比べると影響を受けているんだなあと思われるものは「日本の芝棟」「フランスの芝棟」「ピッチフォードのツリーハウス、英国」あたりでしょうか。芝棟は屋根のてっぺんに植物を意識的に植えているのですが過去にどっかで見たかなあと思い返しても思い浮かびませんので初めて知ったのだと思います。なぜこのようにしようと過去の人は思ったのかは不思議なところではありますが自然と建物が調和するのにはすごく適しているなあと思いました。
 更に藤森氏の自然素材を使った作品「神長官守矢資料館」「秋野不矩美術館」「熊本県立農業大学校学生寮」「不東庵工房」「ラムネ温泉館」や植物を取り込んだ作品「タンポポハウス」「ニラハウス」「一本松ハウス」「ツバキ城」「養老昆虫館」「ねむの木美術館」、茶室の作品「薪軒」「炭軒」「一夜亭」「矩庵」「高過庵」「茶室徹」についても本当に使っている素材や技術が自然に優しいものばかりでとても好感を持ちました。個人的にはこういったコンセプトの家は好きですね。もともと日本人は木造建築が昔からの伝統ですのでこういった建築物が失われていく現代の中では暖かみを感じでいるのかもしれません。
 まだひとつも実際の建物を観に行ったことがないのでぜひとも訪れてみたいものです。思い立ったら即行動ということで計画してみたいと思います。美術館あたりが自分の趣味とも合致するのでまずはねらいどころかも知れないですね(^○^)。
[PR]
by puyan27 | 2007-05-12 22:58 | 展示会
e0034068_0121446.jpg久々に美術展ネタです。東京都庭園美術館で開催されているホノルル美術館所蔵品の「大正シック モダン日本の里帰り」を観に行って来ました。
 絵画はすべて日本画であり、版画も浮世絵的なものが多い感じでしたが大正期ということもあり、描かれている対象が純和風なものばかりでないところがこの美術展の面白いところだなと思いました。格好はちゃんと着物なんだけど髪型は洋風な感じだったり、洋風部屋の人物が描かれたり、不思議と和と洋が融合した感じでした。でも自分も今の時代のように洋も和も普通の生活にとけ込んでいる時代に生まれているわけですのでこういった絵画を観ても違和感はありません。逆に伝統的な日本画のイメージが強いですので新鮮に感じます。
 山川秀峰の「三人の姉妹」は作品自体も非常に大きいのですが自動車のインパクトが非常に強く、近代の工業的なイメージが伝わってきました。武藤嘉門の「日光」という作品も東照宮の有名なみざる・いわざる・きかざるの彫刻を背景とした着物を着た女性を描いているのですが着物の美しさと彫刻の華麗さが伝わってくる作品でした。写真の中村大三郎の「婦女」は日本に来たのは75年ぶりとのことですが洋風の椅子に着物を来た女性といった描く対象が和洋折衷なところがなんともいえない感じでした。女優の入江たか子をモデルとし、マネのオリンピアを思わせるようなポーズととっているとの解説があったのでたしかに比較してみるとう~ん、なるほどですね。やっぱりポーズっていうのは重要な要素なんだなと感じました。
 絵画及び版画だけでなく、柄がモダンな着物だとかデザインの美しい火鉢、花籠などといったものも展示されており、非常に面白かったです。難点はやっぱりこの建物はギャラリーではないので純粋に作品だけを観たくて来た人にとってはあまり観やすいとは言い難いです。あっちこっちにばらばらに展示されておりますので。建物も観たいと言う人には一石二鳥なのかもしれませんが、個人的には展示会が開かれていない時のほうが普通の状態ですので建物の内部はゆっくり観て回れるのではないでしょうか。
[PR]
by puyan27 | 2007-05-05 22:11 | 美術館・美術展

小石川後楽園

GWも終わりに近づいてきましたが、都内の大名庭園、小石川後楽園を訪れてきました。
江戸時代初期、寛永6年(1629年)に水戸徳川家の祖である頼房が、その中屋敷(のちに上屋敷となる。)として造ったもので二代藩主の光圀の代に完成した庭園です。庭園の様式は池を中心にした回遊式築山泉水庭になっています。光圀は造成にあたり明の遺臣朱舜水の意見を用い、円月橋、西湖堤など中国の風物を取り入れ、園名も舜水の命名によるなど中国趣味豊かな庭園です。後楽園の名は、中国の笵仲淹「岳陽楼記」の「天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」から名付けられました。
~パンフレットより引用~


e0034068_22145100.jpg小廬山

中国の名勝地「廬山」にちなみ、京都の清水寺一帯が小廬山と呼ばれている。大堰川上流の景色が京都の清水に似ていることから、藩祖頼房の求めにより寛永一七年に林羅山が「小廬山」と名付けた。現在は、オカメザサに丘の覆われた丘のことを小廬山と呼んでいる。

e0034068_2215868.jpg大堰川

京都の嵐山に下を流れる大堰川にちなんだもので、三代将軍家光がしばしば来園し、大泉水の設計と共に種々助言を与えたものと言われている。両岸には蛇篭を伏せ、神田上水の水を暗渠により引き入れ、江戸時代には清き流れで園景を引き立てていた。

e0034068_2221279.jpg西湖の堤

この石堤は中国の名勝地西湖を模して造られたもので、本園以後の大名庭園の「西湖の堤」の先駆けとなった。

e0034068_2222560.jpg涵徳亭

本園創築時代に造られた萱葺の茶室で硝子紙をもって障子としたため「硝子ノ茶屋」と呼ばれていたのを、享保年間に林信篤が涵徳亭と名付けた。現在の建物は四代目で昭和六十一年に再建した。

e0034068_2223719.jpg清水観音堂跡

京都清水寺を写した観音堂があったが、大正一二年の関東大震災で焼失した。

e0034068_2225480.jpg通天橋

京都・東山東福寺の「通天橋」にならい、大堰川の渓流に朱塗りの虹橋をかけたもので、この付近の楓の紅葉は趣が深いところである。

e0034068_223891.jpg音羽の滝

京都・清水の「音羽の滝」にならって名付けられた。もとは水車により神田上水の水を汲み上げ樋により小廬山の側に流していたが、元禄の地震のとき水流が破壊され岩組だけが残された。現在は大泉水から水を引いて滝を復元した。

e0034068_2232190.jpg得仁堂

二代光圀が建てた園内最古の建物で、光圀が感銘を受けた「伯夷叔斉」の木像を安置した。堂の名は論語の「仁を求めて仁を得たり」による。

e0034068_2233550.jpg一つ松

近江の琵琶湖を模した大泉水に対し、琵琶湖の唐崎の一つ松にちなんでいる。

e0034068_2234829.jpg白糸の滝

六代治保のときに造られた。その様子が千条の白糸を垂れているように見えるのでこの名がつけられた。

e0034068_2235913.jpg円月橋

朱舜水の設計と指導により名工「駒橋嘉兵衛」が造った。橋が水面に写る形が満月になることからこの名がつけられた。後に八代将軍吉宗が江戸城吹上の庭に造ろうとしたが遂に果たせなかったといわれている。

e0034068_2241297.jpg八卦堂跡

二代光圀七歳のとき、将軍家光に謁見したおり「文昌星」像を頂戴した。後に光圀は文学を好むようになり、文昌星を思い起こし八卦堂を造りその像を安置したという。なおこの堂は大正一二年の関東大震災で焼失した。

e0034068_2242491.jpg八つ橋と藤棚

藤の古木にして南にある三箇所はその花うす白く、北にある一箇所は八重の紫にして花房が上に向かう故に「上り藤」と言う。

e0034068_2243682.jpg田端

二代光圀が嗣子綱條の夫人に農民の苦労を教えようと作った田圃で、現在は毎年文京区内の小学生が五月に田植え、九月に稲刈りを行っている。

e0034068_2244661.jpg九八屋

江戸時代の風流な酒亭の様子を現した。この名の由来は「酒を飲むに昼は九分夜は八分にすべし」と酒飲みならず万事控えるを良しとする、との教訓による。戦災により焼失したが昭和三十四年に復元した。

e0034068_225045.jpg松原

往時は松うっそうとして空もみえざりしと伝えられる。光圀も珍重せるところにして将軍来園の際にも「これ天下の威光をもっても能はず」と感賞せられたる由なり。

e0034068_225136.jpg内庭

本園は大別すると内庭と後庭(後楽園)とに分けられる。内庭は水戸藩邸の書院の庭であって、江戸時代には「うちの御庭」などと呼ばれていた。江戸の大名屋敷がほとんど消滅した現在、書院の庭の旧態をよく残しているものとして貴重である。

e0034068_2252981.jpg蓬莱島

島は亀の形をしており、先端の大きな鏡石は、庭師徳大寺佐兵衛にちなんで「徳大寺岩」と名付けられ、弁財天を祀った祠がある。

e0034068_2254452.jpg西行堂跡

藩祖頼房の時代に、御鞍打師「小野荘兵衛」作の西行法師の木像を安置したことから西行堂と名付けられた。ここにある西行の歌碑は九代斉昭の「駐歩泉」の碑にちなみ同夫人が建てたものである。なおこの堂は戦災により焼失した。

なお、各写真の説明は現地にて書かれている説明を引用させていただきましたm(__)m。
[PR]
by puyan27 | 2007-05-05 20:52 | 建築・庭園

葛飾区 山本亭

 都会の喧噪さを忘れるため柴又まで行って来ました。近場としてはなかなかのロケーションです。

e0034068_23245736.jpg長屋門

ここから中へ入ります。両サイドの部屋にあるステンドグラスもなかなか素敵です。

e0034068_23251093.jpg旧玄関

玄関は裏のほうに移ったようです。ガラス越しに人力車が見えます。

e0034068_23252552.jpg庭の様子(その1)

玄関に行くまでにあるお庭の様子です。藤などのなじみ深い草花が植えられておりました。

e0034068_23253778.jpg旧玄関(内部)

先ほどの旧玄関は内部はこのようになっておりました。ランプや格子の細工がレトロな雰囲気を醸し出しておりました。

e0034068_23255020.jpg鳳凰の間

昭和初期の建物ですので洋のスタイルは取り込んでいたんですね。和がメインで洋もすこしかじれるこういうスタイル、中途半端だと思う人もいるかもしれませんが個人的にはなかなか好きです(^○^)。

e0034068_2326444.jpg庭の様子(その2)

舞の間から見えるお庭の様子です。手入れが行き届いているし、ちょうどツツジも咲いていて畳に座って観ているととても落ち着きます。

e0034068_23261968.jpg庭の様子(その3)

ここに来た目的のお庭です。ここも米国の庭園専門誌「ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング」(JOJG)に2006年度3位でランキングされております。この写真は個人的にはベストな位置ではないです。傘がある位置からの眺めが池の鯉も見えるし、とてもよいのですがちょうどお茶席の部分なので人が入ってしまい撮れませんでした。

e0034068_23263716.jpg庭の様子(その4)

池の水がもうちょっと澄んだ感じだともっとよかったんだけどなあ。循環はさせていないのかな。パンフレットの写真だとすごく綺麗なようなのですが・・・。まあ、それはさておき、お茶しながらゆっくりと鑑賞しましょう。

e0034068_232708.jpg柴又公園からの様子

長屋門正面にある柴又公園から眺めた山本亭です。ツツジがとても綺麗でした。また眺めもよく、江戸川はすぐそこにあります。矢切の渡し、寅さん記念館もすぐ近くです。

[PR]
by puyan27 | 2007-05-03 23:37 | 建築・庭園